二「焼き芋売り」
昭和の寒い冬の夜、炬燵に入っていると、「焼きいも―、石焼きーいもー」という焼き芋売りの声が聞こえてくる。私は母にお金をもらい、家族の人数分の焼き芋を買いに行く。
車なんかじゃない、リヤカーだった。荷台に黒い小石がぎっしりあって、その中で芋が焼けていた。新聞紙に包まれた温かい焼き芋を持ち帰った。黄色くて甘い、ほくほくとした芋にバターをつけて食べた記憶がある。
焼き芋売りがトラックになってからは買った記憶がない。そして、いつしか「焼きいも―、石焼きーいもー」という、あの懐かしい売り声も聞こえなくなった。昭和の彼方に消えた焼き芋売りのリヤカー。私の街に戻って来ることはもうない。
エッセー 昭和ノスタルジー 一「ウェスタンカーニバル」
いまは近代的なビルが建つ有楽町の一角に、かつて日劇という建物があり、ウェスタンカーニバルが開催されていた。
母と一緒にウェスタンカーニバルを見に行った記憶がある。ステージにいたのは、真家ひろみ、飯野おさみ、中谷良、あおい輝彦。元祖ジャニーズだ。
私は売店で、プロマイドを買ってほしいと、母にねだった。手にしたのは飯野おさみのプロマイド。
「あんた、この人が好きなの」と母に言われたことを覚えている。
母は、あおい輝彦を見て、「秀之に似ている」と言った。秀之というのは、母の弟、私の叔父だ。戦後間もなく、ニ十歳そこそこの若さで結核で亡くなった。
「秀之は、目がくりっとしていい男だった」と母は言った。そしてその後、ジャニーズがテレビに出る度、あおい輝彦を見て、「この人、秀之に似ているね」と言うのだった。
古いアルバムに叔父、秀之の写真があった。母の言う通り、眼がくりっとして、俳優のように整った顔立ちをしていた。
理系の勉強をしていたので兵役を免れたという。それなのに、結核に侵され、二十歳を過ぎて間もなく亡くなった薄幸の叔父だった。
短歌連作「昭和ノスタルジー」五十首
屋上の空は青くて空いていて、いくつもあった赤いアドバルーン
豆腐売る自転車通る夕焼けの街の通りにラッパ聞こえて
リヤカーで石焼芋を売る声を聞いて表に出た寒い夜
エアコンのない六畳間「ぼーんぼん」柱時計の音が響いて
「たーけやー たけやさおだけ」リヤカーで物干し竿を売り歩く声
夏の日に水槽積んだリヤカーの「きんぎょーえ きんぎょ」声が弾んで
べっこうのフィルムの彼方 夏の午後、母の手製の梅酒に酔って
背の高い扇風機まわる 虫籠に西瓜を食べている甲虫
♢ ♢ ♢
ちり紙のてるてる坊主軒下に 三つ編みをした遠足の朝
見たい番組、丸で囲った新聞があったモノクロテレビの傍に
「シャボン玉ホリデー」見てた日曜日、スターダストという曲知った
細長いロウソクつけて暗闇で息をひそめた停電の夜
夏の夜バケツに水を汲み置いて花火で遊んだ星空のした
少女たちジャンケン遊びした道で「パイナツプルにチヨコレート」
空き缶の竹馬通る道端で面子で遊んだ少年たちは
夏の午後にトンボの群れが飛んでいた坂道のうえ遠い記憶の
♢ ♢ ♢
年の瀬に輪飾りつけたお供えを勉強机に飾った母は
米屋からとどいた白い伸し餅を四角く切った木の俎板で
大そうじ終えて炬燵でモノクロの紅白を見た晦の夜
真夜中に汲み置きをした若水で雑煮をつくった元旦の朝
「おめでとうございます」と母仕切り、お屠蘇を飲んだ朱塗りの杯で
黒豆に田作り、数の子、酢蓮根 縁起担ぎの並ぶ重箱
唐草をまとう獅子舞、玄関にあらわれ頭を噛まれた記憶
正月の澄み渡る空「コーンコン」羽根つきをする音が聞こえて
晴れ着着た近所の子たち輪になってカルタを取った畳のうえで
♢ ♢ ♢
墨の眉、目鼻をつけた雪だるま 大雪積る朝の街かど
真っ白な世界ひろがる坂道に「ゴーゴー」橇を滑らせる音
校庭で級友たちと雪合戦 小さな赤い手袋の手で
♢ ♢ ♢
はじめてのデイトは十四、映画見てクリームソーダを飲んで終った
ベルボトム、ミニスカートの似合う脚 小枝のように細かったころ
フォークソングブーム炸裂 若者はギター抱えた、猫も杓子も
ビートルズ旋風吹いて街かどにロングヘアーの青年増えて
放課後にセーラー服を脱ぎ捨ててジュリーに会いに駆けたアシベに
スタジオにライブ会場、GSを追い駆け少女の日々は明け暮れ
GSを追い駆ける女子バンド組み下手な演奏、学園祭で
ウェスタンカーニバルでは少女たち 黄色い歓声、最前列で
♢ ♢ ♢
薄暗い喫茶の隅でセーラムをくゆらせてみた大人のふりで
夕暮れに信濃町から乗る都電 影絵のような街路樹まどに
ジャズ喫茶、リズムに合わせ眼を閉じて脚を揺らしていた青年は
「風月堂」ファッションだった 新宿はサイケデリックな色があふれて
♢ ♢ ♢
「イカしてる」「はっぱふみふみ」「らりぱっぱ」死語となりゆく昭和の言葉
「青い影」流れる暗いフロアーできみと踊った夜更けのディスコ
背の高いロングヘアーの青年とドライブデイト白いセリカで
追憶の勉強部屋にいまもある「ひこうき雲」の白いアルバム
「イエスタデイ・ワンス・モア」聴きあふれ出た涙、二十歳の傷は深くて
♢ ♢ ♢
真夜中にひろげる便箋、切なさに青いインクの文字は滲んで
風呂帰りに十円玉を握りしめラブコールした赤い電話機
黒電話、コード延ばしてこっそりと深夜の部屋で彼と話した
スナックでカラオケ流行る 夜明けまでタクシー並ぶ街は眠らず
金銀の光あふれて眩くてバブルの花の盛りの街は
「短歌の時間」題詠「草」入選歌
ちょっとまえオーストラリアの牧場で草食みし牛のハンバーグステーキ
東直子先生選
NHK短歌佳作秀歌入選歌
シグナルの変わる一瞬若き日は もう着られないたくさんの服
大辻隆弘先生選
NHK短歌入選歌
楽しそうに母は何度も話してた父とはじめて会った日のこと
大辻隆弘先生選
NHK短歌入選歌
紺鼠の空に宝石散りばめたような街の灯はじめてのパリ
佐佐木頼綱先生選
NHK短歌二席入選歌「映画」
長いながい映画のフィルム焼きつけた眼球ふたつ燃やす冬の日
東直子先生選
NHK短歌入選歌「身体」
「だいじょうぶ?」「回復してる?」物言わぬ壊れた身体に問いかけてみる
東直子先生選
NHK短歌入選歌
新しい手帳が並ぶ、私とは関係なしに月日は駆ける
佐伯裕子先生選
NHK短歌入選歌
引き出しの褪せたレシート思い出すあの頃の街、きみとの暮らし
佐伯裕子先生選
NHK短歌入選歌
空っぽのコンビニ袋のこりおり きみと別れた雨の歩道に
大松達知先生選
NHK短歌入選歌「そして」
虫取り網、スクール水着手放した そして私は大人になった
大松達知先生選