十二「冬の波」
六本木プラザビルが解体される。七十年代の初め頃、よく通ったビルだ。「ニコラス」というピザレストランが入っていた。広々として高級感のある店だったが値段は手頃だったのではないか。当時付き合っていた大学生の彼とよく行った。私は小海老の入ったピザが好きで、決まってそれを頼んだ。
一階と二階には「パブ・カーディナル」という、今でいうカフェバーのような、お茶もお酒も飲める店があり、若い人達で賑わっていた。
「ナンパ」という言葉が日常茶飯に使われていた時代だった。街で出合ったばかりの外国人とパブ・カーディナルでお茶を飲んだ。夜、店で知り合った若い男の子達のグループと二階で同席した。その中の一人に誘われて車に乗った。無謀だった。
デイトでよくニコラスに行った大学生の彼とは、私が大学二年の秋に別れた。私は立ち直れないほど深く傷ついた。
別れて数か月経った冬の夜、街で偶然、彼に出会った。私達はパブ・カーディナルに行き、向かい合って座った。私は押し黙っていた。時々恨めしそうな眼で彼を見たかも知れない。
「俺を恨んでいるんだな」と彼は言った。私は返事をせず、彼の顔も見なかった。もう話すことはなかった。他人同士になっていた。
パブ・カーディナル、そこは青春の切ない、苦い思い出の染みついた場所でもあった。
砂浜に書いた文字を波が消してゆくように、時の流れに押し流されて変わってゆく街に、私一人が取り残されている。
「そんな眼で俺を見るな」と裏切った男は言った冬の酒場で